甘藍ライン

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2011年 10月 30日

シレー*つくえ

配属先の保健局は7-8月にわたり
改修工事が行われました。
窓やパールという集合暖房も新しくなり
今年はかなりあったかく冬が過ごせそうな予感!

2週間の延期のあと改修工事は無事終わり
職員たちは大引っ越しが行われたのでした。
30名を超える職員の中で
もともとと同じ部屋にいるのは5名ほど。
ほとんどが心機一転、新しい部屋へ。

そんななか、うちももれなくお引っ越しに。
いままで
カウンターパート(活動をともに考える人)である健康教育・広報担当の医師
その助手さんと同じ部屋やったけど
次はメルゲジルテン(専門職)の部屋へ。

1階から2階へ男子部屋から女子部屋に。
カウンタパートとも部屋がわかれてしもうた。
できれば同じ部屋が良かったー。
けど、カウンタパートのあらたな部屋は明らかぱんぱん!
小さい部屋におとこ二人。きつそう。
ま、同じフロアやし
ちょこちょこ顔を出して相談して、これまで通り話して、
一緒に考えてもらうことにしよ。てその人と話して落ち着きました。


女子部屋は公衆衛生担当者が4名。
もともと6名から2名が違う部屋に引っ越しして
うちがそこの部屋に投入されることに。
一緒に活動したりしたことある人らで
出入りしてた部屋やけどいざ、そこに座るんは
緊張というか、新鮮!

そして引っ越しを命ぜられ、
気づけば、わたしの机がない。
新部屋には、ネーレン(ほんまに)机もイスもない!
ヤーナー(あらまー)どないしよーってなって
まぁいっかって別の部屋から
「持っていって、かまへん?ありがとう」といすを確保。

ちょうど夏休みの人がいたのでその人の机に座る。
「机がほしい!」って挨拶のあとにいいまくる。
「仕事の調子どないなん?」「ええよー、机がきたらやる気もめっちゃでる!」と。
局長、同僚に。
「ゴイ(すてきな)なシレー(机)を用意するから」の言葉が一週間以上つづく。
結局、おらへん人の席をつかってるからか、全く用意される気配がない。
そして、その人の休暇終了。
ネーレン(ほんまに)つくえがないーってことで
保健局におるときは、あいてる席がある部屋を回ることに。

活動先におるときは、打ち合わせか資料作りなので
椅子だけあっても机がないときびしい。
なので、おりやすい部屋や打ち合わせする人の部屋をまわる。
午前午後と座る部屋が変わる。
あー、うちどこおったら、ええのかしら。と。
局長に会うたびに、
「つくえがないとへつー(きびしい)、あのつくえ使ってないんやない?
おねがいです、つくえ(居場所)をください」と。

そんなことをしてるうちに
やっとこさ!かれこれ半月くらいたって

ほかにあいてる席がなくて
新引っ越しさきの部屋のひとつの机を
二人でシェアしてたところに机が!!

倉庫で眠ってたらしい机はほこりまみれやったけど
メルゲジルテン部屋に
つかっていいよの机がきたー!!とめっちゃ嬉しかった。
局長や運び入れてくれた人は「ゴイでしょ?」と自慢げ。
めっちゃありがとうーと机に座る。
なぜか写真をとる同僚。そんなに、うち、うれしそう?

つくえはふつうの机なんやけど
あるのとないのは、全然違う。
物がおける、おけないにしてもそうやし
座ってええんやで~って場所があること。
気持ち的に安心します。

この机をもらうまでの経過。
とっても簡単なことなんだけれども、
気にしすぎて去年なら同じようにできなかったやろうなと思う。

配属されてすぐの去年の夏
活動する部屋を変えたかったとき
(はじめは事務課長のへやで、健康教育担当の部屋へいきたかった)
どんなふうに言いだしたらいいかとか、
こんなことを言って、気を悪くしないかとか
なぜその部屋に行きたいかとかうまく説明できるだろうかとか
実行する前から考え過ぎていた。

そしてら、「カオルの活動はあっちの方がええと思うで」って
職員のひとがいうてくれて、局長に話すのも一緒についてきてくれ
絶妙に実にうまいことにありがたく助けてくれた。
そんな風に去年に机がないーってことがあったら
きっと去年なら去年で、そんな風にありがたく助けてもうてたやろうけども。。

けど今回
1年経ったくらいの時期やったから
 机がないこと
 机をくれるっていいつつも、なかなか用意されないこと
 机がないならほかの場所にすわったらええと思うこと 
 何度も机がほしいとしつこいくらい自分からいうこと 
 座る場所があれば、誰の部屋でも「すわってかまん?」ってきくこと
 「すわってかまん」ならありがとうーって居心地良く座ること
 どの部屋でも、どの職員にも気負わず話しかけること にストレスを感じなかったと思う。

活動のなかで起こることは
その時、その活動期間にあった方法や手段で
やっていくしかないし、実際そういう風に決着していくことばかりなんやろう。

なんか、机がないことひとつにとっても
きっと去年のわたしにとったら
一大事やったやろう。
もう現地に慣れるの、言葉に慣れるのにいっぱいやったし
それこそ活動のスタンスもいまよりぐらぐらで
机がないことで、居場所がない、あー必要とされてないんかもーって
考えになってたやろうとおもう。
単純やなと思うかもしれないけれど
それくらい単純に思ってしまうくらいにいっぱいいっぱいだったと思う。

こういうところで?と思うかもしれないけど
こういうところで
モンゴルでボルガンで1年以上活動してきたんやなと実感した。

保健師としての活動はある意味、
対象者や方法、テーマは決まっていないし、
組むモンゴル人も変わることもあるので、
慣れというか1年経ったんやなぁってしみじみ思うことは、少ない。
要領はまえよりましになっとるけど、いつも、いっぱいいっぱいである。
そして話すの慣れんー。

そんななかの、
シレ―をもらったときの経過は
自分自身が活動先に慣れたんやなぁと客観的に振り返るきっかけになった。
ほんまに気負わず話せる人がいる。
自分の活動に協力してくれる人がいて、
協力してくれる人としたらいいと、やっと割り切れるようになった。
活動では絡まない人も気楽に話せる。
怒ってる人がいても「怒ってるなー」で流したらいいと覚えた。
これはこの人に聞いたらいいってことも前よりもわかったきた。


そして確実に、
日本にいた時より、
さらに厚かましくなっている。
さらに、まわりを気にしなくなっている。
言いたいことをいうようになった(しかもモンゴル語やから遠回しなく直訳)。
人が声をかけてくれたときは、ありがたく甘えさせてもらってる。
どれも、日本に帰国してからに心配なことばかり。
の反面、モンゴルで暮らしやすくなってきたこと。かもしれない。


残りの任期8か月を切った。
がっつりこれからもモンゴル人にたよって
一緒に活動していきたいなぁ。
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by kanlan-cap | 2011-10-30 01:59 | ノゴーライン


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